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巣鴨に老人が集まるのはなぜか

本日はこの大きな疑問に取り組んでいく。
巣鴨に老人が多く集まるその理由。
その前に、驚くほど巣鴨について無知蒙昧であることに気づいたわれわれは
巣鴨について調査を開始した。

sugamo.gif

ここに調査員が入手した一枚の図がある。
この図は東京における重力場の変異について簡略に図式化されたものだ。
地球の重力は地質などによって若干ながら強弱している。
注目していただきたいのは赤い部分、重力の強まっている部分である。
巣鴨と浅草に赤い部分が集中しているのがはっきりとわかるであろう。
しかも東京全域からゆるやかにである。
われわれはこの図から、ある仮説を立てた。
「重力変異による老人局地集合説」である。

これはお年寄りの身体構造からも説明ができる。
年齢を重ねるごとに、身体の支えとなっている骨格は弱体化していく。
それによりお年寄りの背骨は湾曲してしまうのだ。
この特有の前傾姿勢は、重心を著しく前方に遷移させており、
重力の影響は数倍以上の影響を及ぼすこととなる。
自然に重力の強いほうへと移動してしまうのだ。
足腰も弱まり、己の力が他の力に圧倒され始めたそのとき、より強い重力に引き寄せられて
坂道を転がるがごとく巣鴨に収斂していくのである。
蟻地獄にかかった蟻さながらの囚われの身というわけなのだ。
巣鴨はお年寄りの聖地などという生易しいではない。
「お年寄り地獄」だったのだ!

年齢を重ねるごとに身体機能が衰えてゆくが、唯一鋭くなっていく感覚がある。
身体能力の弱体化によって、老人は活動限界の短縮を余儀なくされる。
できるだけ「しんどい」ことを無意識的に感知し、回避する必要に迫られるわけだ。
この「しんどい」に対する感覚だけは、身体の衰えに反して研ぎ澄まされる。
これは、重力の微細な変化をも察知することができるほど繊細で強力なのである。
つまり、老人は重力への対応策を自ら持っていながら、
無意識中で反発する知覚と身体能力のバランスが崩壊したとき、
意図せずに巣鴨へと足を運んでいることになる。
参拝をしながら、己に降りかかっている天命とも言うべき憂き目を呪っているのかもしれない。
「この生き地獄から救われますように」と。

年寄り地獄の実状は、病院に集まる老人にも当てはまる。
コミュニケーションの場を求めて集まるなどと囁かれているが、そうではなかったのだ。
これは医療施設、とりわけX線にもちいられる放射能の影響でごく局地的に強力な磁場が発生し、
同じく擂鉢状の重力変異が起きている為である。

近年増えつつあるバリアフリーも、年寄りの集合をスムーズに行うための地ならしに過ぎない。
坂を転がる球体は凹凸のない滑らかな斜面であればあるほどその勢いを増す。
それと同じことが老人たちにもあてはまるのではないだろうか。
これは高齢者、障害者への配慮として謳われているが、そうではなかった。
高齢化社会へのアンチテーゼとして日本政府が策謀した計画であると断言しよう。
姥捨て山という古来の風習を失った今、
批判を受けずに老人を排することができるのはこの方法しかなかったのだ。
日本全国の高齢者が、なお着々と巣鴨に集結している。
すべての老人が巣鴨の地に足を踏み入れたとき、何か途轍もないことが起きるだろう。

気づかなければならない。そして、気をつけなければならない。
年老いていくにつれ、われわれも徐々に巣鴨プリズンに近づいていくことに。
そのときわれわれはいったい何を願うだろうか。

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